今更、桜!

4月下旬に弘前に桜を見に行った!

少しばかり早かったけど初々しい桜だった。弘前公園は広く、いろいろな種類の桜があるので、多少早くても、多少遅くても、楽しめそうだ。

今、石垣が修理中なので、天守閣はこの位置にあるが、来年は石垣の上に戻るそうだ。というわけで、桜、岩木山天守閣がこの写真のように見えるのは今年が最後だという。貴重な写真になるかもしれない。

お天気も良く、桜は息を飲むほど、美しかった。

 

旅行-萩、津和野方面

2月末、久しぶりに姉と旅行した。いつもは断然、一人旅だけど、姉がツアーのほうがいいというので、萩、津和野を中心に回る団体旅行に参加。ツアーは忙しい。何をするにも時計とにらめっこ。ホテルと食事は良かったけれど、訪れた観光地の内容には納得がいかなかった。津和野は〇。でも、肝心の萩は、椿の群生地と松陰神社を見ただけ。城下町は? 世界遺産は? 1日目の夕食前の小1時間を利用して、城下町をちらりと見たけど、到底、満足できるものではなかった。2日目は、元乃隅稲成神社、角島大橋、下関(昼食のみ)、錦帯橋を見て、広島泊。錦帯橋は、実は、3度目だったけれど、あんなに慌ただしく行って、戻ってきたのは初めて。3日目は原爆ドームを見て(これは2回目)、最後は出雲大社(これも2回目)に詣でて、空港へ……。

実は、他のツアーに申し込んでいたのだけれど、ツアー・キャンセルになって、急遽、変更したら、こういう日程だった。しかも、バスに乗っている時間がやたらと長い。

というわけで、ちょっぴり不満の残るツアーであった。

今週のお題:本屋さん

今週のお題「本屋さん」

小さい時から本屋さんが大好きだった。本屋さんは、今、歩いたら、5分かかるかかからないかの距離にあったのだが、子供の私には「近所」よりは少し遠かった。文庫本のタイトルを眺めていると、少しだけ大人の世界が覗けるような気がした。故郷のあの本屋さん、今でもあるかなぁ。私の原点とも言える。

もう一つ忘れられないのがバルセロナのONAというカタルーニャ語専門の本屋さん。当時はGran viaにあったと思う。2002年、Montserrat Roig(=ムンサラット・ロッチ、バルセロナ、1946-1991)の原書を買おうと、少し気後れしながら足を踏み入れた。あの頃の私はバリバリのイスパニスタで、カタルーニャ語を専門にするなんて思ってもみなかったからだ。でも、オリジナルがカタルーニャ語で書かれている以上、原書は必読だった。

ONAでは、店長と思しき年配の女性が応対してくれた。とても親切で、simpática。ムンサラット・ロッチの小説が欲しいと言ったら、原書だけではなく、写真集やら参考文献なども出してくれた。とてもアットホームな雰囲気!

その女性によると、生前、ロッチはONAをよく訪れたそうだ。お子さんの本を買うときには、どちらが先に読むかで言い争うこともあったとか。

後から聞いた話だが、彼女はコンチータさん、伝説のONAの店長で、カタルーニャ語の文献については生き字引のような方だったとか。最後に、次に来るときにはカタルーニャ語で話しましょう、と言われて、ぎょっとした! ええ、もちろん、と答えながら、内心、そんな日は来ないだろうと思っていた。

そして、やはり、そんな日は来なかったのである。紆余曲折があってカタルーニャに深くコミットすることになり、数年後に、再び、ONAに行ったのだけれど、店は移転しており、新しい店にはもうコンチータさんはいらっしゃらなかった。別の女性が応対してくれたけど、あのアットホームな感じはなく、がっかりだった。

その後、本は主にネットで買うようになり、本屋さんに行く回数は激減。時代は変わったものである。人間関係がバーチャルで希薄になりつつあるような気がする。

  

夢-ラファ(2025年2月22日)

今朝もまた、結構、はっきりした夢を見ました。

私は大のテニス好き!

長い間、ずっとラファエル・ナダルを応援してきましたが、昨年11月のデビスカップ準々決勝の対オランダ戦が彼にとって現役最後の試合になりました😿。残念ながら、勝利で飾ることはできず、チームも敗退。あれだけ偉大な記録を残してきたんだから、もういいじゃないか、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ファンというのは、とっても欲張りなのです。

あれ以来、昔ほどテニス観戦に熱が入らず、GSも時間のある時に見るだけ。どちらが勝ってもいいと思うテニスの試合はお気楽だけど、熱も入らない……。今後、ラファに匹敵するような選手が現れることはあるのでしょうか……。若手を見回すと、アルカラス君、ドラマチックなプレイは大好きだけど時として安定感に欠ける、シナ―、世界NO.1だけど地道すぎてつまらない、サーシャ、最後の詰めが甘い、メドベージェフ、最近、とみに振るわない(盛りを過ぎた?)……。

そう思っているときに、ラファが私の夢の中に来てくれたのです! 素晴らしい試合をして楽しませてくれただけではなく、お話をしたり、一緒に食事をしたり……。

スコアは? 何を話したのだったかしら……。朝、起きたばかりのときはもっとはっきり思い出すことができたのですが、今はすべてが曖昧になってきました。

もう一度見たいけど、夢は気まぐれ! だから、ここに記すことでラファの夢の記念といたします。

『日はまた昇る』-トポス編(パンプローナ)

日はまた昇る』のメインの舞台は何といってもパンプローナだ。ナバラ州にあるけど、公用語カスティーリャ語バスク語だそうだ。最初に行ったのは1996年7月、サン・フェルミン祭のすぐ後だった。マドリードから、あの単調な黄金色の景色をみながら特急で行った。祭りの後だったせいか、その疲れみたいなのが街中に漂っていて、全然、魅力的に見えなかった。

2024年4月にはサン・セバスティアンからバスで現地到着。ヘミングウェイが記した風景には気付かなかったが、早春の車窓風景は絵のように美しかった。ほぼ全体が緑で、のんびり羊や牛が草を食み、梨か李のような花がところどころに咲いている。遠くには菜の花畑も見える。

パンプローナではまず闘牛場を訪れ、中にあるマシーンでサン・フェルミン祭をシミュレーションしてみた。その後、ヘミングウェイ所縁のカフェ・イルーニャでピンチョスを食べ、最後はナバラ美術館へ。

ローマ時代の遺跡からゴヤの作品から現代アートまで展示してあって、見ごたえのある美術館だった。

写真は、時系列にそってアップしたかったけど、慣れていないので順不同になってしまった。

ゴヤの作品。

パンプローナの市庁舎。

③カフェ・イルーニャにあるヘミングウェイの部屋。

④牛追いの道筋をたどることのできるマシーン。

⑤菜の花畑があるなんて! 

⑥誰もいない闘牛場(ここが満員で熱狂する様を想像していただきたい)。

 

『日はまた昇る』-トポス編(バイヨンヌ)

日はまた昇る』の舞台は、約半分がパリで、その後、バイヨンヌパンプローナ(ここから近郊のブルゲーテに釣りに出かける)→再びバイヨンヌサン・セバスティアンマドリードへと移動する。ヘミングウェイ研究者の第一人者、今村氏は彼の風景の記述が素晴らしいと絶賛する。

約半分を占めるパリの生活は、主人公やその周りの人々の享楽的な生活についつい目が行きがちで、風景の描写はあまり心に残らないが、バイヨンヌのそれは確かに印象的だ。

バイヨンヌは、気持ちのいい町だった。スペインの町を清潔にしたようなところで、大きな河に沿っていた。(…)町には涼しく、さわやかな早朝の匂いがただよい、カフェに腰をおろしていると気持ちがよかった。微風が吹きはじめ、その風が海から吹いてくるのがわかった。広場には鳩がおり、家々は黄色く、日にやけた色調で僕はこのカフェを離れたくなかった」(大久保康雄訳)

昨年4月、『日はまた昇る』に出てくる地名を追いかけて、バスク地方(フレンチ・バスクを含む)とパンプローナを旅した。私には、バイヨンヌはスペインの町を清潔にした、というよりは、全く別物のように思えたが、アメリカ人にはそう映るのかもしれない。

私はスペインが専門なので何度となく訪れているが、フランスはその限りではない。でも、何度か訪れたフランスの町は大抵、おしゃれで、バイヨンヌも例外ではない。そこからスペインに入ると、いかにも泥臭くて、がっかりするが、ほとんど翌日には、やはりスペインがいいと思ってしまう。おそらく、その泥臭さが私には合っているのだろう。

下の写真は私がフランス風だと思う風景。窓枠が水色で、建物が整然と建ち並んでいるのがスペインの街並みとは違うように感じるのだが……。

 

ヘミングウェイ、『日はまた昇る』ーペドロ・ロメロ

日はまた昇る』にペドロ・ロメロという闘牛士が登場する。準主役である。

この名前は、スペインを代表する画家の一人ゴヤ(1746-1828)が何度も描いた実在の闘牛士ペドロ・ロメロにちなんでいるとヘミングウェイ研究の第一人者今村氏は言う。それ以来、ただの若くてハンサムな闘牛士としか映らなかった、この登場人物に興味が湧くようになった。というのも、私はゴヤが大好きだからだ。ゴヤの現実を見つめる鋭いまなざし、人間の本質を見抜こうとする深い洞察力、彼の作品は哲学的であり、時にはストーリー性を感じさせる。当時の国王カルロス4世が闘牛好きだったそうだから、宮廷画家だったゴヤが国王の命で描いたことは想像に難くないが、ゴヤに描かれたことによって、ペドロ・ロメロという名は不動になったように思われる。下がそのうちの1枚である。

小説の中のペドロ・ロメロは19歳、ハンサムで真面目で礼儀正しく、天賦の才にも恵まれたマタドールだ。彼と、ロスト・ジェネレーションに属すアメリカ人グループの男性たちとは好対照をなしているように思われる。ペドロ・ロメロは、サン・フェルミン祭の最後の闘牛で、その才能を遺憾なく発揮する。一切のごまかしや、衒いや、気取りのない態度で、優雅で、自然で、余裕をもって牛を天国に導く。牛を知悉していなければできない技だ。

このような場面を通して、ヘミングウェイの闘牛観やそれについての知識が読者に示されるのだが、訳者の大久保康雄は、解説でそれには一切、触れていない。登場する闘牛士のほとんどは実在した闘牛士だが、それについての注もない。

日はまた昇る』のスペイン語版は"Fiesta"という題名である。もちろん、サン・フェルミン祭のことである。ヘミングウェイと同じ時代を生きたスペイン人は、『日はまた昇る』を読んで、おそらく、なじみの名前がたくさん出てくることに感激したに違いない。だから、"fiesta"なのである。

祭が終わって、最後には元の木阿弥になる。それでも、いつもと同じように日はまた昇る